東京高等裁判所 平成5年(ネ)1181号 判決 1993年10月27日
主文
一 原判決中本訴請求に関する部分を次のとおり変更する。
1 控訴人らは、被控訴人に対し、各自金五三六〇万九二一八円及びこれに対する平成三年一二月一日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。
2 被控訴人のその余の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は第一・二審を通じてこれを五分し、その二を被控訴人の負担、その余を控訴人らの負担とする。
三 この判決の主文第一項1は、仮に執行することができる。
事実
第一 当事者の求める裁判
一 控訴人ら
1 原判決中本訴請求に関する部分を取り消す。
2 右部分につき被控訴人の請求を棄却する。
3 訴訟費用は第一・二審とも被控訴人の負担とする。
二 被控訴人
本件控訴をいずれも棄却する。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 当事者はいずれも株式会社である。
2(一) 被控訴人は、広島市西区高須一丁目五二五番一所在の鉄骨造亜鉛板葺二階建の建物(以下「本件建物」という。)を、有限会社田中一商事(以下「訴外会社」という。)から賃借し(賃料は昭和六一年七月から月額八〇万円)、本件建物をスイミング施設(以下「本件施設」という。)に改造した。
(二) 被控訴人は、昭和五七年八月二五日、控訴人キング・スイミング株式会社(以下「控訴人スイミング」という。)との間で業務委託請負契約(以下「旧業務委託契約」という。)を締結し(昭和六二年五月二五日契約更新)、控訴人スイミングは、本件施設を使用してスイミングスクールを経営していた。
(三) 控訴人スイミングは、旧業務委託契約において、被控訴人に対し、月額三八〇万円の施設使用料を前月末日までに支払うことを約定した。
3(一) 控訴人株式会社コマスポーツ(以下「控訴人コマ」という。)は、当初、控訴人スイミングから更に義務委託を受けて、本件施設においてスイミングスクールを経営していたが、昭和六三年六月以降、控訴人スイミングの株式を全部譲り受け、両社の本店所在地を同一とし、役員構成も同一として、被控訴人の承認のもとに、旧業務委託契約と同一内容の業務委託契約により本件施設を使用して、控訴人スイミングとともにスイミングスクールを経営してきた。すなわち、控訴人コマは、同スイミングと実質的に一体化し、被控訴人の承認を得て、本件施設を使用してスイミングスクールを共同経営することにより、控訴人スイミングとともに共同受託者になった(以下「本件業務委託契約」という。)。
(二) 仮にそうでないとしても、控訴人コマは、同スイミングから再委託を受けてスイミングスクールを経営していたのであるから、被控訴人との関係では、控訴人スイミングが賃借人、同コマが転借人の関係に立つというべきである。
4(一) 控訴人らは、昭和六三年一一月分まで施設使用料を支払っていたが、同年一二月分以降これを支払わなかった。
(二) 被控訴人は、控訴人らに対し、平成二年一〇月一二日到達の書面で同月三〇日までに未払の施設使用料を支払うよう催告したが、支払がなかったので、同月三〇日、控訴人らに対し、本件業務委託契約を解除する旨の意思表示をした。
5(一) 訴外会社は、被控訴人、控訴人らの三者に対して本件建物の明渡及び賃料相当損害金等の支払を求める訴えを提起し、平成三年六月一二日、賃料相当損害金支払請求の一部は棄却されたが、その余はすべて訴外会社の請求を認容する旨の判決(以下「別件判決」という。)の言渡を受けた。
(二)訴外会社は、右判決のうち控訴人らに関する部分が控訴されることなく確定したので、平成三年一〇月一五日、強制執行により本件建物の明渡を受けた。
6 よって、被控訴人は、控訴人ら各自に対し、主位的に、平成二年一〇月三〇日の本件業務委託契約の解除までは施設使用料として、右解除後本件施設明渡までは施設使用料相当損害金(解除が無効の場合には施設使用料)として、昭和六三年一二月一日から一か月三八〇万円及びこれに対する施設使用料については前払の約定のため各月の一日から、損害金については発生時期が各月の末日のため各翌月の一日から、それぞれ支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を、予備的に、不当利得返還請求権に基づき、右各金員の支払を求める。
(なお、被控訴人が原審で提出した訴状その他の準備書面の記載では、控訴人ら各自に対して全額を請求する旨が明示的には記載されていないが、その主張するところから、右の趣旨であることが明らかであるし、被控訴人は、当審において、右の趣旨である旨を明示的に主張している。)
二 請求原因に対する控訴人らの答弁
1 請求原因1及び2の事実を認める。
2 同3のうち、(一)の控訴人コマが昭和六三年六月以降、控訴人スイミングの株式を全部譲り受け、両社の本店所在地を同一とし、被控訴人の承認のもとに、本件施設を使用してスイミングスクールを経営してきた事実を認め、その余の事実を否認する。株式譲渡後、スイミングスクールを経営していたのは控訴人コマだけであり、控訴人スイミングは本件施設を占有していない。また、控訴人コマが被控訴人と直接業務委託契約を締結したことはない。
3 同4のうち(一)の事実及び(二)の催告に関する事実を認める。
4 同5の事実を認める。
三 控訴人らの抗弁
1 支払義務不存在
(一) 被控訴人は、昭和六一年五月分以降の本件建物の賃料の支払を怠り、訴外会社から、昭和六二年一月三一日までに未払賃料を支払うべき旨の催告と、同日までに右の支払がない場合には本件建物賃貸借契約を解除する旨の意思表示を受けたが、被控訴人はその支払をしなかったので、右賃貸借契約は同日限り解除された。
(ニ) 控訴人スイミングは、昭和六三年一二月分以降の賃料の支払を拒絶しているが、これは右のように、訴外会社と被控訴人との賃貸借契約が解除され、控訴人スイミングによる本件建物の占有が不法占有となり、本件建物についての使用収益権が失われるおそれが生じたためであって、正当な理由のある履行拒絶である。
2 弁済
控訴人コマは、別件判決によって、訴外会社に対し、昭和六二年二月一日以降の賃料相当損害金の支払を命じられ、同社により一部の減額を得て、平成三年一〇月二一日に四〇三三万七五〇〇円を支払ったので、被控訴人の請求権から控除されるべきである。
3 相殺
(一)(1) 前記1(一)のとおり、訴外会社と被控訴人との本件建物賃貸借契約は、昭和六二年一月三一日限り解除されたので、同年二月一日以降の被控訴人及び控訴人らの本件建物の占有は不法占有となった。
なお、念のため、控訴人スイミングは、被控訴人の本件建物を使用させる義務が同日限り履行不能になったので、平成四年一二月一四日の原審第四回口頭弁論期日において、被控訴人の債務不履行を理由に被控訴人と控訴人スイミングとの間の本件建物賃貸借契約を解除する旨の意思表示をしたので、被控訴人の賃料請求権は賃貸義務が履行不能になった昭和六二年二月一日(遅くとも昭和六三年一二月二〇日)に遡って消滅した。
(2) 控訴人スイミングが昭和六三年一一月分まで賃料の支払を続けたので、被控訴人は、昭和六二年二月一日以降の分の合計八三六〇万円を不当利得した。
(3) 控訴人スイミングは、平成四年一二月一四日の原審第四回口頭弁論期日において、右不当利得返還請求権を自働債権として、被控訴人の請求債権と対当額で相殺する旨の意思表示をした。
(二)(1) 控訴人コマは、前記2のとおり、訴外会社に対し、平成三年一〇月二一日に四〇三三万七五〇〇円を支払ったところ、仮にこれが被控訴人の本件債権から控除されないのであれば、これは被控訴人の賃貸義務の不履行に基づく損害であるから、控訴人コマは、被控訴人に対して同額の損害賠償請求権を有することになる。
(2) 控訴人コマは、平成五年二月二二日の原審第五回口頭弁論期日において、右債権を自働債権として被控訴人の請求債権と対当額で相殺する旨の意思表示をした。
(三)(1) 控訴人スイミングは、旧業務委託契約の締結に際し、契約終了時に債務清算後、五パーセントを控除して返還するとの約束のもとに、被控訴人に対し四〇〇〇万円の保証金を支払ったので、遅くとも平成三年一〇月一五日の経過により三八〇〇万円の返還請求権を有している。
(2) 控訴人スイミングは、平成五年七月五日の当審第二回口頭弁論期日において、右債権をもって被控訴人の控訴人スイミングに対する請求債権と対当額で相殺する旨の意思表示をした。
三 抗弁に対する被控訴人の答弁
1 抗弁1(一)の事実を認め、(二)の主張を争う。被控訴人の賃貸義務が履行不能になったのは、本件建物が実際に明け渡された平成三年一〇月一五日であって、昭和六二年二月一日ではない。
2 同2の主張を争う。
3(一) 同3(一)のうち、(1)の事実を認め、(2)の主張を争う。
(二) 同3の(二)(1)の主張を争い、(2)の事実を認める。
(三) 同3(三)(1)の事実を認める。
四 被控訴人の再抗弁
1 本件建物には、昭和六〇年春ころから、屋根の腐食による雨漏りが生じたが、訴外会社は、被控訴人の修繕要求にもかかわらずこれに応じなかった。そこで、被控訴人は、訴外会社の修繕義務不履行に対して賃料の支払を拒絶したのであるから、賃料不払は正当な理由に基づくものである。
2 訴外会社と被控訴人とは、平成四年六月二五日、別件判決に対する控訴審における訴訟上の和解によって、平成三年一〇月一五日に本件建物が明け渡されるまで被控訴人が本件建物を賃借していたことを確認しているので、それまでの間の被控訴人の占有権原には何ら問題がない。
五 再抗弁に対する控訴人らの答弁
争う。
理由
一 請求原因について
1(一) 請求原因1、2及び5の事実は、当事者間に争いがない。
(二) 同4(一)の事実及び4(二)のうち催告に関する事実は、当事者間に争いがなく、4(二)のうち解除に関する事実は、控訴人らが明らかに争わないから、これを自白したものとみなす。
2 同3(一)のうち、控訴人コマが昭和六三年六月以降、控訴人スイミングの株式を全部譲り受け、両社の本店所在地を同一とし、被控訴人の承認のもとに、本件施設を使用してスイミングスクールを経営してきた事実は、当事者間に争いがない。
そして、右の事実並びに証拠(甲一、九の一、二、甲一一の一ないし三、乙六)及び弁論の全趣旨によれば、<1> 控訴人コマは、旧業務委託契約が締結される以前の昭和五五年三月二五日、被控訴人との間に、本件建物における被控訴人所有のスイミングクラブ(名称・キング広島スイミングスクール)の業務の委託契約を締結し、以後、本件建物を占有して右業務を遂行したこと、<2> 控訴人コマは、昭和六三年六月三日、控訴人スイミングの株主であった梅澤義人、山崎祐通、車谷仁三及び中山貢との間で、右四名の所有していた控訴人スイミングの株式全株を譲り受け、取締役を入れ替えるとの方法で同控訴人を譲り受ける旨の合意をしたこと、<3> 控訴人スイミングの昭和六二年一二月二一日当時の役員は、代表取締役が梅澤義人及び中山貢、取締役が車谷仁三、森井昌一及び水野正純、監査役が久保千春及び山崎祐通であったが、昭和六三年六月三日に改選されて、代表取締役が新井喜源、取締役が新井清一、下山隆及び河合輝昭、監査役が坂元公雄となったこと、<4> 控訴人コマの昭和六三年六月二一日当時の役員は、代表取締役が新井喜源、取締役が新井清一、原崎昌久、久保千春、下山隆、河合輝昭、水野正純、高野雅夫及び坂元公雄、監査役が新井芳子であったこと、<5> 訴外会社は、昭和六二年に被控訴人及び控訴人コマを被告として、更に昭和六三年に控訴人スイミングを被告として、それぞれ本件建物の明渡及び賃料相当損害金等の支払を求める訴えを提起し、これらが併合審理され(以下「別件訴訟」という。)、別件判決(平成二年一一月二八日口頭弁論終結)が言い渡されたこと、<6> 別件訴訟において、控訴人コマは、控訴人スイミングの設立登記のされた昭和五七年九月二日の直前である同年八月末からは本件建物を占有していないと主張したが、これを容れられず、控訴人コマはその後も本件建物の占有を継続している旨認定され、また、控訴人スイミングは昭和六三年一一月一日以前のある時期から被控訴人より本件建物を転借して使用してきている旨(なお、控訴人スイミングが右事件において本件建物の占有の喪失を主張した形跡はない。)認定されて、控訴人らに対してそれぞれ本件建物の明渡及び右明渡ずみまでの賃料相当損害金の支払が命じられたが、控訴人らは別件判決について控訴しないでこれを確定させたこと、以上の事実が認められる。
右に認定した事実によれば、昭和六三年六月以降、控訴人らは、本件施設を共同して占有していたものと認められ、この事実から、控訴人らは、本件施設において、共同してスイミングスクールを経営していたものと推認され、更に、この事実と被控訴人がこれを承認した事実とを合わせると、控訴人コマが同スイミングの全株式を取得した後は、控訴人らは共同して、被控訴人との間に、旧業務委託契約と同内容の本件業務委託契約を締結し、この契約に基づいて本件建物を使用してスイミングスクールを経営してきたものと認めるのが相当であり、右の認定判断を覆すに足りる証拠はない。
二 抗弁について
1 抗弁1について
抗弁1(一)の事実は当事者間に争いがないところ、控訴人らは、被控訴人と訴外会社との間の本件建物の賃貸借契約が解除された以上、控訴人らの本件建物についての使用収益権が失われるおそれが生じたので、施設使用料の支払を拒絶する正当な事由がある旨主張する。
旧業務委託契約及び本件業務委託契約は、本件施設の利用関係に関する限り、実質的には賃貸借契約の性質を有するものと解されるところ、委託者(賃貸人)である被控訴人が目的物である本件施設を使用させる(賃貸する)権限を有しない場合であっても、被控訴人と控訴人らとの間の業務委託契約(賃貸借契約)そのものは有効に成立し得るものであるから、本件建物の所有者である訴外会社と被控訴人との間の本件建物の賃貸借契約が被控訴人の債務不履行により解除された場合においても、受託者(賃借人)である控訴人らは、現に右業務委託契約に基づく本件施設の使用収益を継続している限り、右業務委託契約に定められた施設使用料(賃料)の支払義務を免れることはできないと解するのが相当である。
もっとも、最高裁昭和五〇年四月二五日第二小法廷判決(民集二九巻四号五五六頁)は、「所有権ないし賃貸権限を有しない者から不動産を賃借した者は、その不動産につき権利を有する者から右権利を主張され不動産の明渡を求められた場合には、賃借不動産を使用収益する権原を主張することができなくなるおそれが生じたものとして、民法五五九条で準用する同法五七六条により、右明渡請求を受けた以後は、賃貸人に対する賃料の支払を拒絶することができるものと解するのが相当である。」と判示している。しかしながら、右判決は、債権契約である賃貸借は、賃貸人が目的物件について所有権又は賃貸権限を有しない場合でも有効に成立し、賃借人の賃料支払義務が発生することを前提として、店舗の所有者(賃貸人)から無断転貸を理由にその明渡を求められた転借人が、賃借人(転貸人)に対して転借料の支払を拒絶したことを理由に、賃借人(転貸人)が転貸借契約を解除した事案において、転借料の遅滞がないので右解除の効力が生じないことの根拠として前記のように判示したものであり、転借料の支払義務そのものを否定したものではないので、右判決をもって、控訴人らの施設使用料の支払義務そのものを否定する根拠とすることはできないというべきである。また、最高裁昭和三六年一二月二一日第一小法廷判決(民集一五巻一二号三二四三頁)は、賃貸借の終了によって転貸借は当然にその効力を失うものではないが、賃借人の債務不履行により賃貸借が解除された場合には、その結果転貸人としての義務に履行不能を生じ、よって転貸借は右賃貸借の終了と同時に終了に帰する旨判示している。しかし、右判決は、原告が、土地の所有権に基づき、当該土地の占有者である被告に対してその明渡を求めたところ、被告が右土地については、原告と訴外人との間に賃貸借契約があり、訴外人と被告との間に転貸借契約があることを抗弁として主張した事案において、右抗弁を排斥する理由として前記のとおり判示したものであって、転借料の支払義務を否定したものではないので、右判決をもって、控訴人らの施設使用料の支払義務を否定する根拠とすることはできないというべきである。
そして、前記の賃料支払拒絶権は、賃借人の損害を未然に防ぐために認められたものであるから、損害発生の危険が現実のものとなり、賃借人に損害が生じた場合には、賃借人としては、相殺等の法的手段を行使することが可能になり、右の意味における支払拒絶権を認めても意味がないというべきであるから、右支払拒絶権は消滅するものと解するのが相当である。したがって、本件において、控訴人らが、確定した別件判決に基づく強制執行により、平成三年一〇月一五日、占有権限を争う訴外会社に対して本件建物を明け渡したので、損害賠償等の範囲が確定し、二重払を避け得る条件が整ったのであるから、その後には施設使用料支払債務の履行を拒む事情はなくなり、右債務はその翌日である同月一六日から遅滞に陥るものというべきである。(なお、乙三によれば、訴外会社は、昭和六三年一二月二〇日、控訴人ら及び被控訴人を債務者として、本件建物につき、債務者の占有を解き執行官の保管とし、現状を変更しないことを条件として債務者に使用を許す旨の仮処分執行をしたことが認められるが、この事実は右の判断を左右するものではない。)。
したがって、被控訴人は、控訴人ら各自に対し、一億三一一〇万円の未払の施設使用料請求権を有しており、右債権は平成三年一〇月一六日から遅滞に陥ったというべきであるから、抗弁1は採用することができない(予備的請求たる不当利得返還請求によっても、右時期以前の遅延損害金請求権が発生しないことはいうまでもない。)。なお、控訴人らの被控訴人に対する債務は右同日から遅滞に陥ったのであるから、被控訴人の平成二年一〇月三〇日にした解除は無効というべきである。
2 抗弁2について
証拠(甲一、乙一の一ないし四)及び弁論の全趣旨によれば、控訴人コマは、別件判決によって、訴外会社に対し、昭和六二年二月一日以降の賃料相当損害金の支払を命じられ、平成三年一〇月二一日に二〇〇〇万円、同年一一月二一日に一〇〇〇万円、同月三〇日に一〇三三万七五〇〇円を支払ったことが認められる。
しかしながら、控訴人らの訴外会社に対する賃料相当損害金の支払義務と被控訴人に対する施設使用料の支払義務とは別個の義務であるから、前者が履行されたことから直ちにその範囲で後者の義務が消滅するということはできない。
したがって、抗弁2は採用することができない。
3 抗弁3について
(一) 控訴人らは、本件建物の賃貸借契約が昭和六二年一月三一日限り解除されたことにより、控訴人スイミングの被控訴人に対する賃料支払義務が消滅したことを理由に、同控訴人が被控訴人に支払った同年二月一日以降の賃料合計八三六〇万円を被控訴人が不当利得したと主張するが、前記1に述べたところにより、右主張は採用することができない。なお、控訴人らは、控訴人スイミングが平成四年一二月一四日に被控訴人の債務不履行を理由に被控訴人と控訴人スイミングとの本件建物の賃貸借契約を解除した旨主張するが、本件業務委託契約のような継続的契約関係については、解除の効果は遡及しないものと解するのが相当であるから、右の事実は前記の判断を左右するものではないというべきである。
したがって、抗弁3(一)は採用することができない。
(二)(1) 前記一1の事実及び二2の事実によれば、被控訴人は、本件建物を訴外会社から借り受けて控訴人らに転貸している(旧業務委託契約及び本件業務委託契約にはこの趣旨が含まれているものと解される。)のであるから、本件業務委託契約上、控訴人らに対し、訴外会社との関係における本件施設の占有使用権限につき担保責任を負っているものであるから、控訴人らが訴外会社から右権限の喪失を理由として損害賠償請求を受け、損害金を支払った場合には、占有使用自体を行うことができたとしても、一種の不完全履行となり、右損害金について、被控訴人に対し損害賠償を求めることができると解すべきである。そして、控訴人コマは、被控訴人に対し、合計四〇三三万七五〇〇円の損害賠償債権を有しているところ、右債権は、各支払金額につきその支払日(二〇〇〇万円につき平成三年一〇月二一日、一〇〇〇万円につき同年一一月二一日、一〇三三万七五〇〇円につき同月三〇日)にそれぞれ履行期にあるというべきである。
(2) 控訴人コマが平成五年二月二二日に控訴人らの主張するとおり相殺の意思表示をしたことは、記録上明らかである。
(3) そうすると、前記二1に述べたとおり被控訴人の債権一億三一一〇万円の履行期は平成三年一〇月一六日であり、同日から商事法定利率年六分の割合による遅延損害金が発生するというべきであるから、右債権と控訴人コマの債権とは、控訴人コマの債権が発生した都度(二〇〇〇万円につき平成三年一〇月二一日、一〇〇〇万円につき同年一一月二一日、一〇三三万七五〇〇円につき同月三〇日)相殺適状に達したものというべきである。したがって、別紙計算書のとおり、相殺後の被控訴人の債権の残存元本額は九一六〇万九二一八円となる。
(三)(1) 抗弁3(三)(1)の事実は当事者間に争いがなく、この事実によれば控訴人コマの債権は、平成三年一〇月一六日から履行期にあるというべきである(なお、原判決は、被控訴人は控訴人コマに対し、保証金返還債務三八〇〇万円及びこれに対する平成四年九月一二日から支払ずみまで年六分の割合による遅延損害金の支払を命じており、これについては当事者双方とも不服の申立をしていない。)から、被控訴人の債権とは同日から相殺適状にあるというべきである。
(2) 控訴人スイミングが平成五年七月五日に控訴人ら主張のとおり相殺の意思表示をしたことは、記録上明らかである。
(3) そうすると、前記(二)(3)の残存元本九一六〇万九二一八円の右相殺後の残存元本は五三六〇万九二一八円となる。
三 結論
以上に述べたところによれば、被控訴人の本訴請求は、控訴人ら各自に対し、五三六〇万九二一八円及びこれに対する平成三年一二月一日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり認容すべきであるが、その余は理由がないので棄却すべきである。
よって、右と異なる原判決のうち本訴請求に関する部分は相当でないから、これを右のとおりに変更することとし、民事訴訟法三八六条、九六条、八九条、九二条、九三条、一九六条を適用して、主文のとおり判決する。
(別紙)
計算書
<省略>